第33回 かつては薩摩藩最大の寺院であった福昌寺跡

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かつては薩摩藩最大の寺院であった福昌寺跡
高校時代、毎日眺めていたのが墓だった。母校の玉龍高校は、薩摩藩最大の寺院であった福昌寺跡にあり、校舎の裏には広大な墓地が広がっていた。小学生の頃から郷土史に興味津々な、かなりませた子供だった私の墓地の眺め方は、おそらく同級生たちのそれとは違った。

お気に入りはやはり島津斉彬の墓。島津家当主及び正室など近親者の墓は、ほとんど形状が統一されているにもかかわらず、斉彬の墓はお気に入りだった。位置が山にも近く、校舎から遠いという点がベストだったのかもしれない。ただ、同級生にも喫煙をする輩もいて(時効)、彼らは私が憩う場所でモクをふかしていた。いや、彼らなりの憩い方だったのだろう。

墓の前に亀が居座る場所がある。それは島津斉彬よりもハイカラだったひいじいさんの島津重豪の墓の前だ。亀の上にのっかる碑にはひいじいさんの功績が淡々と刻まれている。その碑文をいっきに読むことができたら亀が動くといった話もあるとか。そういえば、この亀の前で友人を2時間ほど立たせたことがある。ニセのラブレターを友人の靴棚に忍ばせ、それを読んだ友人が架空の後輩女性を待ち続けたのである。亀は私の過去の悪行を覚えているだろうか(時効であってほしい)。亀を眺めるたびに、そのことを思い出す。
 
文・東川隆太郎  スケッチ・浜地克徳