その4「名山堀と名山町」
昭和26年頃に市役所前から海岸に向けて名山通り(現在のみなと
大通り公園の通り)が出来たのですが、通りの途中から海岸側の
半分近くは、まだ堀が残っていて、名山堀市場のすぐ手前までは
水路が続いていました。しかし、その直後から少しずつ堀の埋め立て
が進み、昭和40年代初めには、堀はほとんど埋め立てられてしまい
ました。
しかし、実はそれと前後する形で「名山町」という地名が誕生
しているのです(昭和40年7月)。それまで現在の名山町は、
「六日町(むいかまち)」の一部、「易居町(やすいちょう)」
の一部、「築町(つきまち)」というように三つの町に分かれて
いました。
現在は六日町・築町という町名は残っていませんが、鹿児島市が
平成16年に設置した、旧町名の石碑が立っており、それぞれの町
の歴史をうかがい知ることができます。
「名山町」という町名になったのは、名山堀が消滅しても、
「名山」という名称を残したいという当時の人々の思いがあった
からかも知れません。
「鹿児島市内の史跡めぐり その6」という本に、名山堀の名前
の由来が書いてあります。
「名山堀は、市役所前の大通りにあった掘割のことである。安永
年間(1772〜1781)には、すでに築造されており、掘割に映える
桜島の景色が秀麗であったため名山堀と名づけられたという。」
今ではもう見られないのが非常に残念ですが、堀の水路に浮かぶ
名山(桜島)の姿、想像するだけでも、実にロマンチックでは
ありませんか。
そういった昔の堀の名前が今もなお町名として残っているのも、
かつて名山堀をこよなく愛した先人達の熱い思いの表れなの
かも知れませんね。(つづく)
2 Responses
萌
名山堀という言葉に誘われて訪問しました。テレビその他で、名山堀は、昭和の懐かしさを感じるいいところだと思っていました。名山が桜島だったとは知りませんでした。色々勉強になりました。猫好きとしては、是非、猫探しに行ってみたいですね。
リージョン編集部
>萌様
コメントありがとうございます。
名山堀は、取材や撮影等で何度も足を運びましたが、
何度行っても昔の良さがにじみでている良い所だと
実感しました。機会があれば、是非、名山のネコ
ちゃん探しに行ってみてください。癒されますよ♪